Uploaded June 2013 | Updated September 2026, 23 minutes ago
クリームソーダ(ピンクドラゴン)の山崎眞行氏が亡くなりました。
本当に本当に残念でなりません。
彼は私に生きる喜びや希望を与えてくれた人でした。。
ところで、この曲の作詞を担当したのはGAROの大野真澄氏で、彼は、山崎氏が1975年に原宿にオープンさせた「シンガポールナイト」というカフェバーの常連客で、山崎氏と大野氏は親しい関係にあったようです。シンガポールという場所は、東京に住む山崎氏とロンドンに住むビビアンが、お互いの国の中間に位置しているといことで、待ち合わせ場所として何度も使っていた所で、そこから二人はバリ島などへも足をのばしていたようです。ちなみに、山崎氏とビビアンがシンガポールやバリ島で過ごした時のほぼ実際の内容を唄っているのがブラックキャッツの、シンガポールナイト、マジックアイランド、ランデブー、などの曲です。
大野氏は、山崎氏とビビアンのこうした南の島でのラブロマンスを知り、それにインスパイヤされてこの歌詞を書いたのではないかと私は推測しています。それが正しいならば、この歌詞に登場する男女は山崎氏とビビアンということになるでしょう。この歌詞の内容と国を跨いで遠距離恋愛をしていた山崎氏とビビアンの状況がぴったり合っていますので、僕の推測は合っているいるのではないでしょうか。ちなみにこの曲は1976年発表ですので、原宿のシンガポールナイトができた翌年の発表ということになります。
ビビアンを知らない方の為に簡単にご紹介しておきます。
これが彼女です⇒youtu.be/_CgsSpaEGr0?si=PeZzj3Ao6xZ2rKi7
彼女はイギリス人と日本人のハーフです。ロンドンを拠点にしていたファッションモデルで、世界で活躍していました。70年代~80年代、日本の化粧品メーカーはこぞって彼女をCMやポスターに起用していたので、当時は頻繁に来日しており、その時に山崎氏と知り合いました。
山崎氏とビビアンが香港でデートしていた時、香港の街にビビアンの顔の巨大な看板があって、山崎氏がびっくりしたというエピソードも残っています。そりゃあびっくりしますよね。今自分が一緒に歩いてる女性の顔が異国の街で巨大な看板になっているのですからね。
彼女は日本で歌手としてもデビューしており、ブラックキャッツのレコーディングに参加したり、彼女自身のアルバムも発表しました。
こんな曲を唄っていました。
youtu.be/telHDgm4YLE?si=c82j8r4F3j7dVV7k
youtu.be/QZumgNRoVwA?si=2JsILXW1JSnSPZJe
youtu.be/f33o8UxDxrE?si=7cincghC-nEwcJaI
山崎眞行氏についても少しご紹介しておきます。
彼は北海道の片田舎で生まれ、華やかな東京に憧れて上京します。彼はエルビスプレスリーに憧れており、ロックンロールを流す飲み屋やライブハウスの経営を始めます。そのライブハウスではデビュー前のキャロルも出演させていたので、矢沢永吉のデビューに寄与した人でもあります。
彼が原宿に上記のシンガポールナイトという店を出店した当時は原宿はまだ閑静な住宅地で、現在の様な若者のファッションの街ではありませんでした。そんな静かな場所にロックンロールをガンガン流す店ができたことで、クールスの連中(舘ひろしや岩城滉一などが)夜な夜なハーレーに乗って集まるようになり、それがきっかけとなって原宿に若者が集まるようになり、若者を対象にした店が出来始めたのです。ですので、実は、山崎氏こそが原宿を若者のファッションの街に変貌させた立役者なのです。おそらく殆どの人がこの事実を知らないでしょうが、彼は本当に偉大な人なのです。そして、原宿は本来、ロックンロールの街だったということも付け加えておきます。
後に彼は80年代の不良であれは誰もが知る「クリームソーダ」や「ピンクドラゴン」というブティックをオープンさせることになるのです。
実は、80年代に彼の伝記的映画が作られています。彼の役は大友康平氏が演じました。「ゴールドラッシュ」という題名です。
これらは彼が映っているビデオです。
youtu.be/dwQhsk3hts8?si=Ob-HE_zQ8ADVceOm
↑このビデオのコメント投稿欄には僕のコメントがありますので、二人の関係についてもっと知りたい方は読んでみて下さい。
youtu.be/tM44LMvdNe4?si=fq3NDwxrP8TF4Qz3
これは亡くなるちょっと前の山崎氏です。
youtu.be/PSK4L33t1Bo?si=so-Ysfq95Vlz4KbZ
一見、胡散臭く見えるかもしれませんが、彼は本当に本当に素晴らしい方でした。
僕が最も尊敬する人と言っても過言ではありません。
この歌を天国の山崎氏と、あなたに捧げます。
歌詞
--------------------------------------------
ああ 今年も南の風に
誘われてきたよ
静かな夏の雨にぬれた浜辺に
今もあなたを想いつつ
ああ いつでもあなたのそばに
いられるようになりたい
あなたのなにげない
ちょっとした仕草さえ
見ているだけの僕だけど
今より素晴らしい人生
愛するあなたとならば
かなわぬ夢もありはしない
受けとめて欲しい
ああ あなたを愛し続けたい
僕のすべて賭けても
一緒にいる時も離れている時にも
愛し続けたい いつまでも
ああ あなたが歌を口ずさみ
僕の心を揺さぶる ほかの誰にも
聞かせたくないんだ
あなたの声は 僕だけに
波打つ髪が風に吹かれ
白いうなじにからんで
愛はとわにと囁いてる 海より深く
ああ あなたを愛し続けたい
僕のすべて賭けても
一緒にいる時も離れている時にも
愛し続けたい 生きている限り
いつまでも
.
クリームソーダ(ピンクドラゴン)の山崎眞行氏が亡くなりました。
本当に本当に残念でなりません。
彼は私に生きる喜びや希望を与えてくれた人でした。。
ところで、この曲の作詞を担当したのはGAROの大野真澄氏で、彼は、山崎氏が1975年に原宿にオープンさせた「シンガポールナイト」というカフェバーの常連客で、山崎氏と大野氏は親しい関係にあったようです。シンガポールという場所は、東京に住む山崎氏とロンドンに住むビビアンが、お互いの国の中間に位置しているといことで、待ち合わせ場所として何度も使っていた所で、そこから二人はバリ島などへも足をのばしていたようです。ちなみに、山崎氏とビビアンがシンガポールやバリ島で過ごした時のほぼ実際の内容を唄っているのがブラックキャッツの、シンガポールナイト、マジックアイランド、ランデブー、などの曲です。
大野氏は、山崎氏とビビアンのこうした南の島でのラブロマンスを知り、それにインスパイヤされてこの歌詞を書いたのではないかと私は推測しています。それが正しいならば、この歌詞に登場する男女は山崎氏とビビアンということになるでしょう。この歌詞の内容と国を跨いで遠距離恋愛をしていた山崎氏とビビアンの状況がぴったり合っていますので、僕の推測は合っているいるのではないでしょうか。ちなみにこの曲は1976年発表ですので、原宿のシンガポールナイトができた翌年の発表ということになります。
ビビアンを知らない方の為に簡単にご紹介しておきます。
これが彼女です⇒youtu.be/_CgsSpaEGr0?si=PeZzj3Ao6xZ2rKi7
彼女はイギリス人と日本人のハーフです。ロンドンを拠点にしていたファッションモデルで、世界で活躍していました。70年代~80年代、日本の化粧品メーカーはこぞって彼女をCMやポスターに起用していたので、当時は頻繁に来日しており、その時に山崎氏と知り合いました。
山崎氏とビビアンが香港でデートしていた時、香港の街にビビアンの顔の巨大な看板があって、山崎氏がびっくりしたというエピソードも残っています。そりゃあびっくりしますよね。今自分が一緒に歩いてる女性の顔が異国の街で巨大な看板になっているのですからね。
彼女は日本で歌手としてもデビューしており、ブラックキャッツのレコーディングに参加したり、彼女自身のアルバムも発表しました。
こんな曲を唄っていました。
youtu.be/telHDgm4YLE?si=c82j8r4F3j7dVV7k
youtu.be/QZumgNRoVwA?si=2JsILXW1JSnSPZJe
youtu.be/f33o8UxDxrE?si=7cincghC-nEwcJaI
山崎眞行氏についても少しご紹介しておきます。
彼は北海道の片田舎で生まれ、華やかな東京に憧れて上京します。彼はエルビスプレスリーに憧れており、ロックンロールを流す飲み屋やライブハウスの経営を始めます。そのライブハウスではデビュー前のキャロルも出演させていたので、矢沢永吉のデビューに寄与した人でもあります。
彼が原宿に上記のシンガポールナイトという店を出店した当時は原宿はまだ閑静な住宅地で、現在の様な若者のファッションの街ではありませんでした。そんな静かな場所にロックンロールをガンガン流す店ができたことで、クールスの連中(舘ひろしや岩城滉一などが)夜な夜なハーレーに乗って集まるようになり、それがきっかけとなって原宿に若者が集まるようになり、若者を対象にした店が出来始めたのです。ですので、実は、山崎氏こそが原宿を若者のファッションの街に変貌させた立役者なのです。おそらく殆どの人がこの事実を知らないでしょうが、彼は本当に偉大な人なのです。そして、原宿は本来、ロックンロールの街だったということも付け加えておきます。
後に彼は80年代の不良であれは誰もが知る「クリームソーダ」や「ピンクドラゴン」というブティックをオープンさせることになるのです。
実は、80年代に彼の伝記的映画が作られています。彼の役は大友康平氏が演じました。「ゴールドラッシュ」という題名です。
これらは彼が映っているビデオです。
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↑このビデオのコメント投稿欄には僕のコメントがありますので、二人の関係についてもっと知りたい方は読んでみて下さい。
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これは亡くなるちょっと前の山崎氏です。
youtu.be/PSK4L33t1Bo?si=so-Ysfq95Vlz4KbZ
一見、胡散臭く見えるかもしれませんが、彼は本当に本当に素晴らしい方でした。
僕が最も尊敬する人と言っても過言ではありません。
この歌を天国の山崎氏と、あなたに捧げます。
歌詞
--------------------------------------------
ああ 今年も南の風に
誘われてきたよ
静かな夏の雨にぬれた浜辺に
今もあなたを想いつつ
ああ いつでもあなたのそばに
いられるようになりたい
あなたのなにげない
ちょっとした仕草さえ
見ているだけの僕だけど
今より素晴らしい人生
愛するあなたとならば
かなわぬ夢もありはしない
受けとめて欲しい
ああ あなたを愛し続けたい
僕のすべて賭けても
一緒にいる時も離れている時にも
愛し続けたい いつまでも
ああ あなたが歌を口ずさみ
僕の心を揺さぶる ほかの誰にも
聞かせたくないんだ
あなたの声は 僕だけに
波打つ髪が風に吹かれ
白いうなじにからんで
愛はとわにと囁いてる 海より深く
ああ あなたを愛し続けたい
僕のすべて賭けても
一緒にいる時も離れている時にも
愛し続けたい 生きている限り
いつまでも
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![Boomerang Baby - 加山雄三 - 山下達郎 - COVER
This song was written and sung by Yuzo Kayama in Japan in 1961. Then, it was covered by Taturo Yamasita in 1998. I love this song.
ボーカルと演奏の全てを自分でやりました。
ヘタクソですがよかったらお聴き下さい。
I did vocal and all the instruments by myself.
I hope you like it:] Boomerang Baby - 加山雄三 - 山下達郎 - COVER](https://i.ytimg.com/vi/kiuO-VQ2QfM/mqdefault.jpg)



